アメイロノケンチク007
- Date
- 2007-03-08 (木)
ダウンサイジングについて思う
縮尺を自由に操れることは、設計をしていくうえで必要な能力。それは想像力とも呼べるもの。図面や模型を使って自由にスケールを横断して、結果リアルなものに還元させていく。わたしたちが普段扱う図面や模型の縮尺は携帯性と合理性のバランスのうえで決定し、パッケージされていく。
手のひらサイズの芸術というものが世の中にはある。
先日、縁あって盆栽を見学する機会があった。それは、いままでのわたしには縁のない、老人の趣味程度の認識しか無かったものだが、何故か見入ってしまう。。
それぞれの盆栽に一瞬風景が見えたような感覚があった。ミニチュアを鑑賞する時のそれとは逆の感覚か。自らがガリバートンネルでもくぐって、その環境に投げ出されたような感覚。
そこには海も、山も、庭もあった。どれもキビしい構図のなかに。。
なかには樹齢150年なんてものもある。見た目は小さいが圧倒的に本物。
そんなものがやはり世の中にはある。
「細部に神は宿る」と聞いた。
全体のある一部を取り出して再構築し、小宇宙を創る行為。細部にまで表れる美しい構成は、またひとつの表現のきっかけをつくる。「生きた芸術」とも表されるその行為は、未だ完成を見ることのない行為でもある。
