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先日日本へ帰った理由

 私的なことをブログに載せてよいものか悩みましたが、そもそも
ブログというものは私的なことを書く場所なので、今回は私の
叔母のことについて書こうと思います。

昨日、叔母が他界しました。
末期がんで入院していましたが、治癒することなく病に倒れました。
先日日本に帰っていたのは、叔母に会って一言だけでもお礼を言おうと
思っていたからです。

余命宣告を受けていた叔母は、もう退院することはないと分かっていたので
生きている間にどうしても会って話がしたかったんです。
叔母とは、小さい頃は近くに住んでいていつも一緒でした。
大学時代に札幌に戻ったときも、近くに住んでいつもご飯をご馳走に
なっていました。
大学の学園祭に来てもらったり、卒業式の後の謝恩会に母と一緒に
参加してもらったり、社会人になって航空会社に勤めてからも
千歳ステイのときは叔母の家に先輩や後輩を連れて戻っていました。
叔母は料理上手、そして叔父はプロの料理人なので、家にいけば
いつもおいしい食事が待っているんです。
北海道の郷土料理を作ってみんなをもてなしてくれる優しい叔母夫婦でした。

そんな叔母ががんに侵されていると知ったのはちょうど2年前でした。
10時間にわたる手術や何度となく挑戦した抗がん剤治療。
叔母は一生懸命がんに立ち向かっていました。

病院で会った叔母は、たくさんのチューブに繋がれていて
身体も辛そうでした。お腹に腹水がたまり、私は片手で手を繋いで
片手でお腹をさすってあげることしかできなくて、涙をこらえるのに
一生懸命でした。
バンコクへ戻るその日、叔母の病室を出る前に私は涙をこらえることが
できず、寝ている叔母の肩に顔をうずめて泣いてしまったのですが
叔母はそんな私の背中に手を回して背中をぽんぽんと叩きながら
「分かってるから」と言いました。
私が病室を出る直前には「次はここじゃなくて家で会おうね」とも。
もちろん叔母も、家に帰れることはないと分かっていたはずなのに
私に心配を掛けまいと気を遣ったのでしょう。
「そうだね。また来るからね。」と言ってドアを閉めた後、ひとしきり
泣きました。

その日からたったの5日後に叔母は天国へ旅立ちました。

今日は札幌で叔母のお通夜が営まれています。
私はバンコクから叔母のことを想っています。

海外に住んでいると帰国はなかなか大変ですが、家族や親戚に
何かがあったときにはできるだけ帰りたいと思っています。
短い滞在でもいいから、顔を見て声を掛けたい。
「海外にいたから」ということを理由にはしたくないんです。

叔母は私の「桃代」という名の名付け親でもあります。
私らしい名前を付けてくれたことに本当に感謝しています。

あっちの世界でまたいつか会えるその日まで、悔いのない人生を
歩もうとあらためて思いました。
叔母から学んだ明るさを忘れずにこれからも自分の人生を進んで
いきます。

生前に「ありがとう」と言えて良かった。ちょっと遅かったけど。
これからも、「ありがとう」を伝えたい人には後回しにしないで
その場でいつも伝えられるような自分でありたいと思います。

今夜はバンコクから気持ちだけはお通夜に参列するね、叔母ちゃん。

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2010年06月05日 19:13に投稿されたエントリーのページです。

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