「海外が長いから国際感覚が身についていらっしゃるでしょうねえ」
と最近とある方に言われました。
今年の5月で、私の海外生活も丸5年。
そうか、もうそんなになるのか、というくらいの感じでそれほどの
実感もないのが正直なところです。
LAにいたときも、同い年くらいで既に在米15年という方もいたし
バンコクでも私よりずっと若いけど、在タイ5年近くという人もいるので
5年の海外経験が長いのが短いのか、そのへんは個人の感覚でしょうね。
ところで、「国際感覚」って、一体どんなものなのでしょう?
「国際感覚が身についている」なんて言われるとどう答えていいのか分かりません。
「ありがとうございます」もおかしいし「いえいえ、まだまだです」と
謙遜するのも変だし・・・。
一般的に「国際感覚が身についている」と言われた場合、海外生活を
していることで語学が堪能、と思われているケースが多いと推測しますが
それは人それぞれです。海外に住んだことがなくとも英語が堪能な
人はごまんといるし、海外にいても日本人コミュニティーにどっぷり浸かってて
まったく英語もタイ語も話せない人だっています。
どちらがいいのかもその人次第です。
LA.バンコクと移り住み、それほど長くもない海外生活の中で私が感じたことは
国際感覚とは決して「身につくもの」ではなく「受け入れるもの」だということです。
外国で暮らし、違う文化や国籍の人たちと接し、自分の中の常識に捉われずに
色々な国の文化を吸収すること=受け入れることが、国際感覚ではないかと。
LAではアメリカ人が言葉の端々に「FU○K」と言う言葉をつけるのですが、
「そういう文化だ」と受け入れ、タイではおもむろに人前で鼻くそをほじりだすタイ人を
受け入れ、おかま、おなべ、ゲイ、レズ、多種多様な人たちとの交流を楽しみ
道行く野良犬や象にも驚かず大概のことを受け入れる態勢が整ってしまったタイ暮らし。
ただ、海外にいるとやはり自分が日本人であることを強く意識することがあります。
人前で鼻くそほじらないし(たぶん)、「FUCK'N BEAUTIFUL!」なんて
褒めてるのかけなしてるのか分からない言葉遣いもしないし、褒められたら
「Thank you」ではなく「いえいえ、とんでもない」ってついつい謙遜しちゃうし
英語の「th」や「L」と「R」の発音苦手だし。
でも、それはそれでいいんじゃないかと。
だって、私日本人ですから。自分のアイデンティティーは持ちつつ、他者を
受け入れる。それこそが真の「国際人」なるものではないでしょうか。
受け入れて、受け入れて、受け入れまくってたら私も人前で鼻くそほじりだす
日が近いかもしれません。
コメント (1)
いやぁ、なんだか難しいことかいてるやないの~。
確かに「国際人」「国際感覚」とはなんぞや?って感じだけどね、最近私が感じたことは日本に居ても色んな人がいて色んな文化があってただ自分が知らないだけでホント多種多様十人十色。それを自分を基準に評価してはいけないってこと。「受け入れる」ことによってスムーズに行く場合が多いってこと。ただ海外にいると、日本を客観視できて、自分がいかに日本人であるかを再確認する機会が増えるよね。海外に興味のない人はそれがどんなものなのかさえ興味ないからね、いい経験してるんだと思うよ。知らず知らずに「身についてる」ものが沢山あるんじゃない?
私もおしゃれな雑貨屋で堂々と鼻くそほじってるねーちゃんを一目みて「あ、チャイニーズ発見」ってできる能力を身に着けたからね。貴重貴重
投稿者: みーじぃ | 2009年03月23日 11:56
日時: 2009年03月23日 11:56