先日、インターネットのニュースで驚きの事実を知りました。
それはタイの「物乞い」の方々のことについて書かれた記事だったのですが
私の見解と事実にものすごい開きがあったため、思わず目が点になりました。
まずは以下の抜粋文面をご覧下さい。
「国会での審議を通れば、物乞いの営業を希望するものは許可の申請
取得が必要になる。
申請できる者は国民IDカードの保持者で、障害者やホームレス、生活費の確保が
困難な身寄りのない高齢者に限られる。
物乞いの許可は地方行政当局が出す。」
えーーーー!?
「物乞い」がひとつの職業としてきちんと認定されるってこと?
許可がないと「営業」できない???
いつも通りすがるたびに心を痛めてたけど、これからは「ああ、彼らも頑張って
仕事してるなあ」って思えばいいってことなの!?
それとも政府が苦肉の策として、彼らを管理しているらしいマフィアとの繋がりを
断ち切るために捻出した案なのであろうか・・・。
これからはお金を入れてもらうプラスチックのカップにでも、その「営業許可証」が
貼られることになるんだろうか?
それにしても「営業」って・・・。
ああ、考えても考えても分かりません。
日本ってやっぱり幸せな国なんだろうな。
こんな話聞いたことないし、地方行政局、たとえば市役所とか区役所で
「物乞い認定課」などという課ができるとはとうてい考えられないし。
屋外の食堂や屋台でご飯を食べているときに「お金ちょうだい」ってやってくる
みすぼらしい服装をした子供達や、自分でカラオケセット一式を背負って、ガタガタの
道を歩きながら歌を歌ってお金を稼ぐ盲目の歌い手さんたち、そういう人が「営業許可」
をもっていなかったとしても「少しの足しにでもなるんだったら・・・」って渡すお金に良いも
悪いもないよなあ・・・。
結局は全て、人間の慈悲の心、いやそんな風に言うと偽善っぽいか。少しでも協力
したいと思う思いやりの心に全てが支えられていたと思っていたけど、職業化されて
しまうと、そういう自分の心に自信が持てなくなりそうです。
本当に「物乞い」が職業として認定されたとしても、自分が「渡したい」と
思った人にだけほんの気持ちを渡すことにしよう。結局は自分の気持ちと物差し
だと思うから。
コメント (2)
これは私もニュースの1コーナーで取り上げられてるのを見ましたわ。たしかに目から鱗の発想だわね。うちの地元にはお遍路めぐりしてます格好の托鉢姿を見かけるけど、「ホントにめぐってんの?」なんていう疑いの心が芽生えてしまうわけだけど、タイでの物乞いに関しては、政府が「この人、ホントに困ってますよ~」というお墨付きにしてるわけだから、信用性が高いってことよね。ま、結局はあなたの言うとおり、思いやりの心の問題だねぇ。
投稿者: ゴブリン!! | 2008年08月26日 12:21
日時: 2008年08月26日 12:21
ゴブリン!!様
ほんと微妙です。政府から「営業許可」をもらった人だけが本当に困っている、とも思えない現実。営業許可がなくても困ってそうな人いっぱいいると思うんだよね。でもたまに障害があるわけでもなく、太ってて健康そうな人が物乞いしてるんだけど、なんかちょっとねえ。でも私たち日本人には分かりづらい感覚だけどこの国は何カ国とも国境を接しているから近隣諸国からの不法侵入者がいっぱいらしく、そういう人たちはまともに働けないから物乞いをしたり、スリをしたりして暮らしてるんだと。だからそういう人たちなのかもしれないし・・・。色々と事情は複雑みたい。LAにいたときもメキシコからの不法侵入でどうのこうの・・・なんていうのあったっけねえ。
投稿者: 伊藤桃代 | 2008年08月27日 12:55
日時: 2008年08月27日 12:55